寒くなったので、保「温」に気を使いましょう。

天気が涼しくなってくると、適度に飲酒して、体を温め健康に気を付けよう。酒燗(しゅかん)器は飲酒時の定番であり、三つの観点で胡傅(こほ)温酒樽を解説しましょう。

「草原様式」をどのように「中原製造」に融合したのか?
1962年9月16日、山西省右玉県大川村から、一対の胡傅温酒樽を含む一揃いの「bling-bling(派手派手)」な青銅器が出土した。

この「双子」の唯一の区別は口縁に刻まれた銘文であり、片手の銘文の最後には「二」字がある。

「中陵胡傅銅温酒樽重廿四斤河平三年造」

名称は、胡傅銅温酒樽。日付の「河平三年」は紀元前26年、つまり後漢の成帝劉驁の年号である。産地の「中陵」は後漢の雁門郡所轄の県であり、現在の山西省右玉県南部である。規格は漢代の「24斤」であり、現在の6キログラム(12斤)に相当する。
酒器全体の器形を見ると、精巧な模様の全体メッキであり、典型的な漢代の中原地区の様式であるが、腹部に浮き彫りにされた動物の形象は、草原民族の写実的な作風である。

「中原製造」と「草原様式」はどのように融合したのかと言うと、胡傅は雁門郡の都尉と推測されるが、雁門郡は漢代の北方辺境であり匈奴を防御する重要な防衛線であった。

昭君が匈奴に稼いで以後、前漢と匈奴の関係は改善されました。当時の光景が目に浮かびます。匈奴の使者や将兵達が辺境の地で豪快に酒を酌み交わし(くみかわす)、最も美しい青銅器で最も強い酒を飲み、安定し平和な時代が遂に実現したのです。
漢代の人々が思い描いていた「天国」が具体化されました。
器の本体に描かれた「装飾画」の高精細画像を、反時計回りに90度回してご覧ください。

一部にはリアルに描かれた動物達が見られます。ラクダ、ゾウ、トラ、ヒツジ、ウサギなどです。また、別の一部には伝説上の神仙の姿が描かれています。羽を持つ人物(羽人)、九尾の狐、仙草を手にする異形の獣などです。

そこには比較的体系的で豊かな神仙の世界が表現されており、羽人の特徴を残した初期の西王母の姿も含まれています。
『山海経」には、次のような西王母に関する記述があります。「西王母の姿は人のようで、豹の尾と虎の歯を持ち、よく叫び、神はぼさぼさで、頭にはカワセミを載せている。天の災いや五つの災いをつかさどる」「西王母はハシゴのような座に座り、カワセミを載せた杖を持つ。その南には三羽の青い鳥がおり、西王母の食事を運ぶ」
「……三羽の青い鳥がおり、赤い頭に黒い目を持ち、それぞれ大鶩(だいうつ)、少鶩(しょううつ)、青鳥という名である」
文献と線画を照らし合わせると、羽人の羽、鳥に乗っての遊行、侍女としての玉兎(ぎょくと)などが確認されます。
さて、画中のどの人物が西王母であるか、おわかりになりますか?

西王母(せいおうぼ)は通称「王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)」と呼ばれ、中国古代の神話伝説に登場する女神です。最初に登場するのは『山海経』であり、彼女が住む崑崙丘(こんろんきゅう)が漢代の中原から見て西にあったことから、「西王母」と呼ばれるようになりました。
正解を発表致します。
西王母は、龍・虎・九尾の狐を従え、三羽の鳥が牽引する車に乗り、芝の果実と仙草を持つ奔兎(跳ねる兎)がその後に続いています。
このお酒はどうやって「温めた」のでしょうか?
漢代の酒器の標準セットは、樽(とっくり)、杓(ひしゃく)、耳杯(じはい)です。樽は酒を入れる、または温める器であり、杓は酒を汲む道具、耳杯は飲むための杯です。この酒樽は12斤(約6リットル)の酒を入れることができますが、具体的にどうやって温めたかについては一筋縄ではいきません。ー
この器の底にある三つの熊の形をした脚部は短く、直接加熱層に触れるには適していません。

器の腹部両側の二つの提げ環が大きく開いており、これを吊るすことで、空中に浮かせた状態で加熱することが可能です。


胡傅温酒樽(こふうおんしゅそん)は、漢代の青銅器鋳造、容量制度、鍍金(ときん)技術、美術史を研究する上で重要な実物資料です。
中原の優雅さと草原の豪放さが出会った時、金色に輝く胡傅温酒樽はまるで一つの架け橋のように、多民族文化の融合と共生、そしてその輝かしさを証明しています

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