青州の微笑み(仏像)と仏教伝来


これは山東の青州博物館に収蔵されている北斉の造像で、「青州の微笑み」とも呼ばれている。


青州地域の北斉造像の特徴は大変明解で、目を細めて口を三日月形にして微笑む様子で、お顔は和やかで親しみがあり、人間味に富んでおり、北朝の造像が荘厳で厳粛な雰囲気であるのに対して、唐代造像の世俗的で慈愛に溢れた傾向に向かっている。


青州の微笑みは、海のシルクロードと南伝造像の影響をはっきりと見出せる。古代インドの地域からガンジス川を経由してインド洋に入り、東南アジア沿岸から北上し青州へ到達した。三蔵法師玄奘より200年も早くインドへ取経に行った高僧法顕が、海路を青州へ戻り更に中原へ向かったが、便利な海上交通は中外の芸術流通の中継点となった。
商人や使節、僧侶が異国文化と美学をもたらし、更に南朝の「秀骨清像(すっきりとした痩体)」の作風の影響が添えられた「青州の微笑み」は、この多様な文化交流の時代に生まれた。
世界には素晴らしい文化的及び芸術的な場所があり、その多くは甘粛のシルクロードにある敦煌、青州の海上シルクロードにある赤山のように異なる文明の交差点に位置しています。文化と芸術の活力は多様性と包容性から生まれます。


後漢末期の分裂から隋の統一までの400年間、中央平原は無意識のうちに動乱と争いの中で巨大な文化統合を成し遂げました。
厳しい歴史の中で立ち、微小な個々の生命を見つめる時、「青州の微笑み」の美しさは、あの時代の難民達の思いと敬虔(けいけん)さでもあるのでしょうか?

青州北斉半跏思惟像


日本広隆寺国宝半跏思惟弥勒菩薩像

日本国宝中宮寺弥勒菩薩半跏思惟像
青州の北朝の仏像は少なくとも3体の半跏思惟像が発見されました。口の両端を軽く引き上げる微笑みは古代ギリシアのアルカイク彫刻に見られる微笑から「アルカイク・スマイル」と呼ばれています。仏の慈悲を表すため北朝時代(4〜6世紀)の中国で初められたと言われますが、この微笑みを讃えた半跏思惟像は、日本の広隆寺や中宮寺にある飛鳥時代作の国宝・半跏思惟像の源流を考える上で重要な作品と言えます。青州北朝仏像は朝鮮半島及び日本に伝わる半跏像との関連が注目され、文化史上重要位置を占める。
山東省青州赤山は海に面して、朝鮮半島まで一番近い場所を占めて、古来は中日韓の文化交流の促進が大役割を果たしています。山東省青州は海上交通を通じ、南北中国や海外へも結ばれています。中国の仏教芸術がインドから影響を受け入れてながらも、中国独自の変化を遂げ、やがて朝鮮半島や日本へ波及していったことは飛鳥仏を見れば明らかです。
青州の石仏は、現代に通じる美的感覚を持ち、高度の芸術性を窺わせます。またこの静かな世界に心に安らぎを与えてくれます。
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