木で碗を作るには何段階?7,000年以上前の先人達が答えてくれる

「貴方に木の塊(かたまり)を渡して、それを碗に仕上げるには、ぜんぶで何段階ありますか?」貴方が考えている間に、古代人はもうその碗を作り終えていました。
7,000年以上保存された木碗は、中国の漆の歴史を証明する

この木碗は、1本の木をくり抜いて作られたものです。やや破損した碗の本体と、外側の壁にまだらに残る赤色が、この碗の「年齢」を示しています。

この碗は既に7,000年以上経っています。このように「高齢」の碗が出土した当初、研究者達はある課題に直面しました。それは、この碗の赤い「外衣(がいい)」が何でできているのか、ということです。

考古学者達はこの碗を中国科学院の研究所に送り、化学的手法と分光機器による分析を行いました。その結果、この塗料は天然の漆であることが明らかになりました。朱砂(しゅさ)が混ぜられていたため、赤く見えていたのです。それ以前は、漆の使用については文字による記録がありませんでした。この朱漆の木碗の現物発見によって、中国の先人達が少なくとも7,000年以上前から漆を使って器物を塗っていたことが証明されました。又、この碗は世界で知られている最も古い漆器の一つでもあります。
漆を木から採取する技術は、先人達が既に研究している。
前の部分を読んで、「天然漆とは何か?」と疑問を持たれたかもしれません。天然漆とは、生漆(きうるし)とも呼ばれ、漆の木から採取される天然の塗料のことです。防腐・防虫効果があり高温にも耐えられることから、「塗料の王」とも称されています。

木から採取されたばかりの生漆は乳白色をしていますが、空気に触れると褐色に変化します。数時間ほどで表面が乾燥・硬化し、最終的には漆膜(しつまく)が形成されます。この漆を器物の表面に何度も繰り返し塗り重ねることで、非常に丈夫で長持ちするようになります。これで、木の碗が長い年月を経ても保存されていた理由も、理由しやすくなったのではないでしょうか。

朱漆の木碗が生まれた土地では、何千年も漆文化が途切れていません
朱漆の木碗は「河姆渡(かぼと)文化」から出土したものです。この文化は、浙江省の寧波(ニンポー)と紹興(ショウコウ)の平野部東側に広く分布していました。この地域は自然の地理条件や気候に恵まれており、漆の木が育つのに適した環境が整っていました。このことが、中国の先人達が漆の木を知り、栽培し、漆器を作り使うという文化を築くための、しっかりとした基盤になったのです。

宋王朝の時代には、浙江省産の漆が「天下第一」と称され、色とりどりの漆器が全国に流通していました。杭州と嘉興(かこう)が漆器の有名な産地として知られていました。
明の時代、『浙江通志』には次のように記されています。「大明宣徳年間、寧波の泥金彩漆や描金漆器は国内外で有名であった。」
清の時代には、寧波・紹興地域の裕福な家庭で娘を嫁がせ際、「十里紅妆(じゅうりこうしょう)」という風習が流行していました。
これは「一両の黄金に三両の朱を使う」と言われるような、朱漆で装飾された豪華な嫁入り道具を指していました。
このことからも、朱漆の木碗が生まれたこの土地では、何千年もの間、漆の文化が絶えなく続いてきたことがわかります。
一見すると壊れた木の碗に過ぎないように見えますが、そこには古代の人々の優れた知恵と豊かな生活へ追求が込められているのです。


漆器とは、生漆(きうるし)を加工・精製した後、様々な顔料を加えて色漆を作り、器物の素地(そじ)の表面に各種の塗装技法を用いて作られる器物のことです。
生漆:漆の木の樹液を採取したままの未加工の漆。
朱砂:天然の赤い鉱石(硫化水銀で、古来より顔料や薬用に使用されてきた。
素地(そじ):漆や装飾を施す前の器物の土台部分。
髹塗(きゅうと):漆を塗る技術全般を指す古語。現在では「塗装」と同義で使われることもある。
漆膜:漆が硬化して形成する表現の膜。強度と耐久性を持つ。
泥金彩漆ていきんさいしつ):金粉を混ぜた彩色漆。高級な漆工芸の一種。
描金漆器(びょうきんしっき):金の絵柄を描いた漆器。
分光機器:光の波長を解析し、物質の成分を調べる装置。主に理化化学分析に用いられる。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。