「目を銅鑼のように見開く」の、その“銅鑼そのもの”が現れました。

「目を銅鑼のように見開いて、稲妻のように鋭(するど)い眼差しを放つ」--これは、多くの人の子供の頃の記憶に残る歌の一節です。その中に登場する“銅鑼そのもの”が見つかりました。
「大きな丸い目、鷲(わし)鼻」--古代蜀の人々の想像力を侮っ(あなどる)てはいけません。
銅鑼と聞いて、貴方の頭に浮かぶのはこのような形ではないでしょうか?

それは想像力が狭っているのかもしれません。3,000年以上前、古代蜀の人々が作り出した銅鑼はこのような姿をしていました。

目は丸く、鷲のように曲がった鼻が目立ち、前後には羽のような翼が付き、その両面には羽根状の模様が施されています。

牙(きば)のような形をした「鈴舌(れいぜつ)」も良好に保存されています。銅鑼を振ると、鈴舌が本体にぶつかり、鳥の囀(さえず)りのような澄んだ音を響かせます。非常に巧みな工夫が施されています。

小さな道具でも、大きな役割を果たします。
銅鑼は、中国で最も早く現れた“舌”のある青銅器であり、古代の「八音」の内「金」に属する楽器です。「八音」とは、西周時代に、金・石・糸・竹・匏・土・革・木の8種類の素材に基づいて楽器を分類した体系を指します。
1986年、三星堆遺跡の第2号祭祀坑からは、43個の銅鑼が出土しました。中には、上述の青銅器の単独で使用できる鈴も含まれています。

更に、セットで使用されたものもあります。ある青銅鈴は出土の際、銅製の吊り下げ架と一緒に見つかりました。吊り下げ架には銅鈴や銅製の札のような装飾が掛けられており、銅架・銅鈴・銅飾の三つの組み合わせて使用されていたと推測されます。

三星堆遺跡から出土した銅鈴のセットは、想像力に富んだ造形と、一定の音響特性を兼ね備えており、中国殷商時代の西南地域における例楽文明の起源研究にとって、重要な実証資料となっています。
なぜ三星堆ではなくこれほど多くの銅鈴が見つかるのでしょうか?
銅鈴は旋律性のある音楽を奏でることはできますが、鳴らした時に出る澄んだ音は、古代の人々にとって「神と通じる」「邪が祓う」「場を清(きよ)める」といった効果があると信じられていました。

専門家達は、三星堆から出土した銅鈴・銅牌状の飾り・吊り下げ架など多数の祭祀用具のセットを総合的に検討し、殷商時代の古蜀の人は、銅鈴を祭祀活動における楽器として用いていた可能性が高いと判断しています。
銅鈴の音を鳴らし、更に舞を加えることで、天地・人・神との交信を意図していたのかもしれません。
芸術的な美しさ、実用的な機能、そして義式における精神的な意味を兼ね備えた、神秘的な古蜀文明の工芸は、常に私達に驚きをもたらしてくれます

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