古代人は「飛鳥が太陽を巡る姿」を彩陶に描いた

「空を飛んで太陽と肩を並べたい」ーーこの歌詞を耳にしたことのある方は多いでしょう。実は、古代の人々は数千年前に既にそのようなイメージを彩陶(彩色された土器)に具象的に描いていたのです。今回は「鳥(ワシ)文様彩陶壺」の三つの見どころを通じて、その魅力に迫ります。

あなたは「飛鳥が太陽を巡る様子」を見つけられますか?
この壺を初めて見た時、「飛鳥が太陽を巡る」というイメージはすぐには思い浮かばないかもしれません。その理由は恐らく二つあります。
一つ目は見る角度が違うこと。正面からだけでは見えて来ないのです。正しい鑑賞法は「俯瞰」、つまり上から見下ろすこと。そうすることで、「飛鳥が太陽を巡っている」という視覚効果がはっきりと見えて来るでしょう。

二つ目は「鳥」の描かれた方が非常に抽象的であること。青海省の先史絵画では鳥は主要モチーフの一つですが、時代によってその描写方法は大きく異なります。つまり、同じ「鳥」でも、それぞれの時代ごとに異なる抽象性を持っているのです。

鳥(ワシ)の描き方に現れた新たな特徴、この彩陶は「宗日文化」に属します。宗日文化とは、河湟(かこう)地域の在地文化と馬家窯文化が融合した産物です。この時期には、鳥(ワシ)の描写に写実的なものと写意的(意匠的)なものの二つのスタイルが現れました。
特に目立つのは、鳥の頭と体が一体化し、三角形のフォルムで描かれていること。
確かに「首がない」ようにも見えますが、存在感は抜群です。

規則正しく並んだ鳥の隊列と文様構成。この壺に描かれた鳥たちは、全て揃って「右を向いて整列」しています。文様は赤紫色で彩られ、全体で以下の4種類の文様が使われています:
壺の胴部には「縄目文(繩紋)」
肩の部分には「変形された鳥(ワシ)文様」
首の部分には「折れ線(山形)文様」
壺のふちには「小さな三角形文様」
彩陶という古代人の「キャンバス」には、彼らの想像力と信仰、芸術性が見事に表現されています。「飛鳥が太陽を巡る」ーーそれは今もなお、私達の心を打つロマンの象徴なのです。
「宗日文化」を理解するには、「馬家窯文化を抜きには語れない
宗日式の陶器について理解しようと思ったら、やはり「古くからの知り合い」である馬家窯(まかよう)文化の陶器を紹介しないわけにはいきません。
両者の関係性は正に「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」ような、密接なものなのです。
馬家窯文化が黄河上流・河湟(かこう)地域の主流文化となったあと、その影響を強く受けて、青海省の黄河上流及び盆地地帯には、独自性を持った地域文化「宗日文化」が登場しました。
この宗日文化は今からおよそ5300〜4000年前(新石器時代末期)に存在し、約1300年に渡って続いたあと、次第に「齊家文化」に取って代わられていきます。

宗日式陶器は左上から下右:夾砂彩陶小壺、鳥(ワシ)文様彩陶壺、鳥形紋双耳彩陶壺、人面紋帯柄彩陶碗、青海省博物館蔵
宗日文化には2種類の文化スタイルがあった。
宗日文化では、新石器時代の二つの異なる文化スタイルが共存していました。
馬家窯文化系統に属する陶器、宗日の人々が独自に創り出した「宗日式陶器」
ここでは、特に後者の「宗日式陶器」の特徴に注目してみましょう。
宗日式陶器の特徴とは?文様(デザイン)?
鳥の模様、抽象化された鳥の模様、複数の横向きジグザグ線(連続折線文)などが主流。

素材・色彩
粗い砂を混ぜた、乳白色または淡黄色の素焼き陶器で、赤や黒の彩色が施されています。

質感・焼成には約1020度の高温が必要な「夾砂陶(きょうさとう)
以下の図は、宗日遺跡から出土した陶器の一部です。
さて、あなたには馬家窰の陶器と、宗日風の陶器の違いが見分けられますか?

🟠 ポイント
宗日文化は約5300〜4000年前、青海省の黄河上流に栄えた地域文化。
馬家窰文化の影響を受けて誕生し、後に齊家文化にとって代わられた。
宗日文化には二つの陶器様式:馬家窰系と独自の宗日式陶器がある。
宗日式陶器は、鳥文様、折線文様・赤黒の彩色が特徴。
粗い砂を混ぜた堅い陶器で、焼成温度は約1020度。
宗日遺跡にはどれほどの「お宝」が眠っている?

ーー古代人は5,000年前に既にナイフとフォークを使っていた。
宗日遺跡は、中国青海省の海南チベット族自治州に位置しています。
この場所では馬家窰文化の陶器と宗日式の陶器が共に出土しているため、「宗日」という名称の意味もより理解しやすくなります。
「宗日」はチベット語由来の地名で、「人が集まって暮らす場所」という意味でです。
宗日遺跡からの出土品の中でも注目される「お宝」は、宗日文化の人々が史前彩陶の優れた製作者であっただけでなく、「食べること」においても相当な工夫をしていたことを示しています。

青海省博物館蔵
画像に見られるように、現代の「西洋式のカトラリー(ナイフやフォーク)」のような道具が、実は5,000年前の宗日人の生活の中で既に使用されていたのです。
宗日遺跡からは骨製のフォーク・ナイフ・スプーンが出土しており、これは私達の頭の中にある「中華式と西洋式の食文化の違い」という固定観念を覆す(くつがえす)ものであり、中国古代の食文化研究について非常に大きな意義を持っています。
また、これらの出土品は、宗日文化の人々が既に原始的な狩猟採集の生活(=生肉をそのまま食べるような生活)から脱却し、文明的な生活様式へと進んでんいたことも示しています。
宗日の地に足を踏み入れ、素朴で古風な美意識と、遠い昔の謎めいた生活に触れる時、私達はこの大地の誇りの中から、宗日の人々の確かな暮らしの痕跡を、よりいっそうはっきりと感じ取ることができるのです。


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