
嘗て杜牧が詠んだ「ぶどう美酒夜光の杯、飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す」という詩でも登場する琵琶は、誰もが知る伝統楽器です。ですが、「首が曲がった琵琶」を見たことはありますか?今回は其の「曲頸琵琶」についてご紹介します。
どうして「首が曲がった」琵琶があるのであろう?
1975年、江蘇省邗江県蔡荘の蜀崗山で、五代時代の古墓が発見されました。そこから出土したのは、他の古墓で良く見られる青銅器や金銀器ではなく、殆どが木製品でした。少量の陶磁器も見つかりましたが、特に注意されたのは、ある木彫の琵琶です。

その木彫琵琶は、素朴かつ端正なデザインで、滑らかな曲線を描き、材質は桫欏(さくら)という木。本体は中が詰まっており、全体にシンプルで飾り気のない木目が千年以上の時を経た古雅な雰囲気を称えています。
特に珍しいのは、細く長い首の部分が直角が曲がっていることです。更に、弦柱(糸巻き)も4対あり、「四弦四柱」の形式をしています。

ただし、この木彫琵琶には弦を張った痕跡がないため、実際に演奏に使われていたわけではありません。隋・唐・五代の次代に流行した胡琵琶(こびわ)を模して作られたもので、五代時代の曲頸琵琶の実物としては全国的にも非常に珍しいものです。
「琵琶には直頸(ちょっけい)と曲頸(きょくけい)がある」と聞くと、驚かれるかもしれません。
琵琶は「撥弦楽器の王」とも呼ばれる楽器で、その名の由来は、弦を外向きに弾く枇(ひ)」と、内向きにかき入れる「把(は)」という演奏法からきていますが。つまり、琵琶(ピーパ」は、その奏法を名前に冠した珍しい楽器なのです。
学術的には、古代の琵琶は大きく「直頸琵琶」と「曲頸琵琶」に分かれます。直頸琵琶は漢代に登場し、例えば「秦琵琶」は四弦十二柱を持ち、直線的な棹(さお)が特徴で、「秦漢子」(四十絃曲棹琵琶の撥奏芸妓)とも呼ばれ

五代・彩絵散楽レリーフ、撥で四弦曲頸琵琶を奏でる楽伎。河北博物館蔵
これに対して、南朝から五代にかけては、四弦四柱の「曲頸琵琶(胡琵琶)」弦主流となりました。この「胡琵琶」は、シルクロードを経由して、ペルシャ(現イラン)から新疆を通り、中原に伝わったものです。演奏時には楽器を胸の前に横たえ、撥や指で弦を弾きます。敦煌の飛天壁画や雲岡石窟に彫刻にも、この曲頸琵琶を奏でる楽師の姿が描かれています。

隋・絵彩陶伎樂女舞俑は曲頸琵琶を抱え女俑。女楽(じょがく)の俑では、跪いて座る女性が曲系四弦琵琶を抱え、優美に奏でる姿が見られます。髪を高く結い、引き締まった眉と朱の唇、微笑を浮かべるその表情には、静かに旋律が流れてくるかのような気品が漂っている。河南博物館蔵
隋唐時代になると、琵琶は楽器の中でも特に重要な存在となり、演奏家は高い社会的地位を誇りました。宮廷の女性達も、心を表現する雅趣として琵琶を愛好しました。

『韓熙載夜宴図』の中の曲頸琵琶を奏でる女子。五代・顧閎中、故宮博物院蔵
中国は古代より礼楽の邦であり、中国器楽の演奏の伝統の源流は遥か長い。上代には中国人は伝統的な古代楽器を製造材料によって金、石、陶土、皮革、糸(絹糸)、木、匏(瓢箪)、竹の八種に分類して、「華夏八音」と言った。

新石器時代・賈湖骨笛、河南博物館。
8,000年余り前、賈湖の古代人は少しずつ実験と改良を重ね、五つ、七つ、更には八つの穴のある骨笛を作り出し、中国の古代音楽の起源神話を創造した。

新石器時代・陶塤、浙江省博物館
壎(ケン、中国オカリナ)は中国最古の吹奏楽器の一つで、その音色は天然古朴、うら寂しく物悲しいので「立秋の音」と称されている。

漢・龍紋漆木瑟 長沙博物館蔵
瑟(しつ、おおごと)は中国の古い民族楽器であり、その起源は遠古の時代に遡る、音楽の表現力が豊富であり、秦漢時代には雅楽の主要な楽器となった。

戦国・曾侯乙編鐘 湖北博物館
編鐘は、大小の青銅鐘を順次編成した打楽器である。戦国早期の曾侯乙編鐘の音域はオクターブ半を誇り、中心音域には12個の半音が完備している。現代耳にする音楽の殆ど全てが演奏可能であることは、戦国初期の中国には既に12音律が実践されていたことを証明している。
古代の人々が耳を傾けていた楽曲は、時を流れと共に消えてしまったわけではありません。現代においてもなお、幾つかの伝世の古楽を鑑賞することができ、その音楽に込められた豊かな文化的深みと、独特の東洋的な美意識を感じ取ることができます。
























