西暦946年、遼軍は後晋の王宮に進入した。29歳の耶律阮は混乱の中に41歳の宮女を見つけ、殺人的に目を真っ赤にして彼は本能的に屠殺刀を振り上げたが、互いに眼が合うと瞬間的にこれを振り捨て、遼の太宗に「軍功は必要がない、私は彼女が欲しい⋯⋯」と言った。言い終わると、彼女を肩に担いで連れて行く準備をした。この死中に生を得た宮女は史籍には詳しく記されていないが、名を甄(ケン)氏という。彼女は漢族の家庭に生まれたが、先祖の農家で、裕福ではなかった。彼女は22歳の高齢で後宮に入り当時の曹皇后のお側仕えの侍女となった。今でこそ22歳は花も盛りであるが、古代人には多くの女子はもう母親となり、一人で一家を支え始めていた。甄氏は美貌端麗、聡明怜悧であったので、多くの女子の中から頭角を現し、高齢であっても寵愛を獲得したのである。後唐と後晋の両王朝を経歴して、皇后の身辺に在り一生懸命に仕えて、恩恵が絶えなかった。

人に過ぎた情緒知力と神様に認めらた美貌で、946年に運命の変換点を迎えた。遼の太宗は後晋の(2代皇帝)石重貴が敢えて大遼に対して臣下の礼を取らないことを理由として、大挙して中原に侵入し、大遼の鉄騎が都城の大梁を踏破(とうは)した時、後晋の王宮は大騒ぎとなり、四方に逃亡し、狼狽することしきりであった。憐れむべき女性甄氏は茫然と衆人の中に立ったが、行き場もなく、逃げ場もなかった。彼女はこれが典範地位であると理解したが、何もできなかった。

遼の太宗耶律徳光の甥の耶律阮は目を真赤にして、血の滴る刀剣を以て王宮の奥へ進んだ。耶律阮は深く父親の影響を受け、漢族の文化を好んでいた。彼は野生的で勇猛な見た目であるが、内心は寛容仁愛があり、大遼で民衆や官吏の敬愛を受け、また遼の太宗のお気に入りでもあった。彼は自分の臣民にも寛大で思いやりがあったが、後晋を殺戮する時は、全く慈悲のかけらもなかった。

耶律阮の手下の人命も死骨だらけになってい

彼が王宮に闖入した時、周囲の群衆は命からがら泣き喚く声が絶えなかったが、ただ一人だけ風呂敷包みを抱えて地面に座り込み、虚な目で群衆の往来を見つけ、顔には異常に穏やかな表情を浮かべていた。

耶律阮は泰然としている彼女に瞬間にして引き寄せられた。即ち、この女性は彼よりも12歳も年長であったが、彼は全く意に介することなく、彼は宝を得たようであった。そしてこの女子を宮中に連れ帰り寵愛したい申し入れたが、当時の遼の太宗は甄氏を上から下まで見て、美貌とは遠く人心を迷わすほどでもなく、彼の甥に対する頓狂な愛情はどう考えても理解できなかった。彼は不思議そうに甥に「彼女は別人とどう違うのだ。お前はどうしたいのか。彼女の歳は幾つか。」と聞いた。耶律阮はへっへっと笑って、手を伸ばして甄氏を地面から助け起こし、しっかりと手を握り締め、「私がもし魏帝曹丕ならば、彼女は甄宓である。」と言った。遼の太宗は聞くと、はっはっと大笑いして、爽快に快諾した。話は巧みで、皆甄氏の家族の女性であった。甄宓は文昭甄皇后で、最初は袁紹の次男に嫁いで妻となり、楚々とした人で、又曹操が軍隊を率いて行った時、彼女はその美貌から、曹操の子曹丕に見初められ、宮中に拾われ皇后となった。

皇后の時、甄宓は淑やかで道徳もあり、君王を迷わすことなく、また側室達にも精進するように教え、称賛の声を勝ち得た。耶律阮は甄宓を比較したので、太宗も話すべきこともなく、彼が連れ帰ることを許可した。

947年、太宗が病逝すると、耶律阮が皇位を継承したが、これが大遼の第三代皇帝〜遼世宗である。

以前に耶律阮は大変漢文化を好み、また寵愛する甄氏も漢族の人であったので、二人は一緒に漢学について語り、次第に心酔し没入し、世宗が即位後は漢の制度を開闢し、全国民に漢文化を学習させ、共に大遼を強固にしようとした。こればかりか、彼は先祖の制度を破り、甄氏を立てて皇后にしようとした。

なぜ甄氏を立てることが、祖先に違背すると言われるのか。大遼は皇族の血統の高貴さを保証するために、皇后に国外の姓のものを許可しなかったので、蕭姓のものを擁立せざるを得なかった。世宗はついぞ貴族の蕭氏を選ぶことなく、彼女は却って大遼の人でもなく、この挙動は徹底的に朝廷の臣下と皇族を怒らせかねなかった。遼国の朝廷内外では世宗の皇后擁立を阻止するため、どのような手段をも使わないものはなかった。

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結局世宗は仕方なく妃の萧撒葛只を皇后に立てて、憤懣を沈めた。しかし甄氏を捨て切れず、朝廷の臣下に更なる譲歩を作り出し、一代に皇后二人の局面を創出し、蕭氏を臣下の憤懣の口留めに立てて、別に甄氏を立てて、愛する所とした。

このようにして高齢の宮女が皇后の路を歩むことになった。甄氏は耶律阮が彼女を守るために、大変な圧力を受けていることを知って、圧力を分担するために、彼女は宮中での諸事に愈々慎重になってきた。彼女は人あしらいは大変優しく、処々で身を持って手本となっただけではなく、耶律阮の寵愛を自分の私立のために頼ることはなかった。甄氏は常々人の話題に上がらないように気をつけていたので、間もなく、宮廷内外では彼女に感心を持たなくなり、彼女が離れるにつれて、だんだんどんなこともできなくなった。しかし、漢人であって、また当代の皇后であるのは、紛れもない事実であり、反逆を謀ろうとしている大臣耶律安端は正当な理由のないことに気を揉んで、甄氏の事に託けて、世宗の昔のことを掘り下げ、先祖の訓示に背いたという名のもとに皇帝の座を引きずり下ろした。

西暦949年、蕭翰と阿不里親王は明王耶律安端と謀反を連携したが、耶律屋質に書信を取られて、耶律阮に報告したので、耶律阮は蕭翰を捕えて誅殺し、阿不里は投獄され亡くなった。耶律安端には孝行息子がいたが、彼も孝死した。

彼の息子耶律差割は世宗に父親の狼藉の野心を報告し、自ら父親を皇帝の目前に引き渡し、耶律安端が外族軍隊に配送されるのを見届けた。耶律阮が知らなかったことは、実際は察割の苦肉の策であり、その結果耶律阮は察割に重責を委ね、行く先々でも、大なり小なり彼との交流も何の隠し事も亡くなった。

当時甄氏と耶律屋質は耶律察割が一般的でないと感じて、何度も皇帝に気をつけるよう注意を促した。大臣が諫言しても、皇帝は耳を貸さず、皇后が忠告しても、耶律阮はやはり聞かず、くどくど何度も煩わせると、彼は終に「女性は政務に干渉するな。」と叱責した。耶律阮は察割のせいで自分が父親に反逆した、このような忠心は日月を見るように、虚偽はないと考えていた。

耶律屋質は大遼の大変重要な大臣であり、文武両道で、前後五代の王朝を経歴した。彼は当時の皇帝に)あなたは察割が実の父親に背反(はいはん)する可能性も考えろ、全く血縁のない皇帝になぜ忠誠を尽くさねばならないのか。」と訴えた。耶律阮は察割により半暖力を無くして心が戸惑い(とまどう)、根本的に不信となった。

西暦951年、北漢の劉崇は遼に対して臣下を称し、後周を合同攻撃のための派兵を求めた。耶律阮は甄氏の制止も顧みず、兵を率いての南征を堅持し、二人の皇后と生母蕭太后の面倒を見ながら道連れにした。帰化州の祥占山(今の河北省)に到着した時、耶律阮は行在所で大いに宴席を設け実父を祭祀した。大いに酒宴をした後に、耶律阮は甄氏を抱き寄せ就寝(しゅうしん)した。しばらくして、予々企みのあった察割が突入してきた。遼世宗は慌ただしく甄氏の身に駆け寄り、彼女の敵人の刀槍から庇おうとしたが、しかし一切は済まないことであった。甄氏の死後、その死体は荒野に18年も埋葬された。遼の景宗が即位して、ようやく彼女は世宗の顕陵へ正式に合葬されたが、何の諡号(おくり名)もなかった。