漢字初の解釈:鑄(鋳)
「鑄」は会意文字である。
甲骨文の「鑄(鋳)」、、 字の、上部は両手を下す形(あるいは諸手を挙げる形に書く)で、倒した容器(此処では古代の坩堝((るつぼ) ) を表す) を持つ形に象り、中間の「止に従い、△に従う記号」は、熔化した液体金属(溶湯、湯)を表し、下部の「皿」に似たものは、鑄型を意味する。三つの部分を組み合わせて両手に持った坩堝を鋳型に向けて溶湯を注ぎ込んで器物を製作する意味がある。この字形は鋳込んで器具を製造する様子の線描である。
周代早期の金文「鑄」字は甲骨文の中央にあった「止」あるいは「△」記号を「非」と書き、意味をより明確にした。
小篆の「鑄」字は周代中期の形態を継承し、「金に従い壽の声」の形声文字に書いている。
隷書 は小篆の字形に「寸」を増加しており、楷書はこれにより「鑄」と書いている。
「鑄」の本義は金属を溶かして器物を鋳造することである。『説文解字』に、「鑄、金を銷(と)かすなり、金に従い壽の声」。これは金属を溶かす意味である。鋳造技術の一部を説明しているようであり、説明の足りない部分は、『玉篇』では、鋳は溶鋳(鋳込む)なりと、全てを語っている。本来金属を溶かすことは器物を鋳造するためである。字形的には、甲骨文、金文はみな両手で容器を持ち融けた金属を型に入れる様子である。
「鋳」は元々会意文字であったが、転々と変化して「金(釒)」を意符として、「寿」と音部とする形声文字となった。
『国語・斉語』に「美金を以って剣戟を鋳る」
『墨子』に、「昔は夏后開は蜚廉(ひれん)をして金を山川に於いて折(と)らしめ、而して陶に昆吾(こんご)に於いて之を鋳(い)らしむ」記録では中国の鋳造技術は夏朝に始まり、考古学でも夏朝に青銅器を発見している。
柳雄の『法言・学行』に、「孔子の顔淵を鋳(きた)えるなり。」
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