山東省藍鯨野球・ソフトボール倶楽部国際交流センター

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ようこそ、孔子のふるさとへ。
悠久の歴史を尋ねて旅立てば、孔子のふるさと中国山東省はすぐ近くです。ここは中国文明揺籃の大地。山東省エリアには中国伝統文化を形成し、子々孫々に伝えられ、多くの古代聖人がここで生まれました.「至聖孔子」、「亜聖孟子」、「兵聖孫子」、「書聖王羲之」、「智聖諸葛孔明」······3000年前の周代、このあたりには多数の国家がありました、斉国、魯国は殊に有名で、今も山東省のことを斉魯大地と呼びます。
朋あり遠方より来る、また楽しいからずやと孔子が語ったように山東省は「孔孟の故郷、礼儀の邦」として、歴史資源に豊み、多彩な伝統習慣を継承し、「周礼」から「論語」まで数多くの儒教聖典を生んできました。古代から現代まで、明るい山東人は忠実·仁義尊守、こつこつと「フレンドリー山東」を実践しております。
百聞は一見にしかず、ようこそ山東へ、いらっしゃい!
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泰山神啓蹕回鑾図


岱廟「天貺殿」北宋1009年創建。中国古代三大宮殿の一つ。あと二つは北京故宮の太和殿、曲阜孔廟の大成殿。典型的な九五様式の宮殿建築です。

岱廟の主要な建物として、天貺殿は歴史的に多くの名前を持っていたし、宋代には「嘉寧殿」、元代には「仁安殿」、明清両代には「峻極殿」と呼ばれ、民国には「天貺殿」と改称されました。「貺」とは天から授けられたと言う意味で、即ち本堂が神様から授けられたと言う意味です。地元では「大殿」と呼ぶのが通例しています。


此処も有名な史実と関係があります。北宋の真宗が契丹の遼との講和条約である澶淵の盟を結ぶきっかけとなったのは泰山からもたらされた天書に和を結ぶように記されていたとされていて、真宗はその天書に謝意を表す為泰山で封禅儀式を行い岱廟にこの宮殿を建てました。天書を受けた日が6月6日であり天貺節だったためこの名前が付けられた説もあります。


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大殿の総面積は2600余平方米。大殿は構築が多い、その名声も高い。主殿の前面は、露台のようになっており、石彫りが施された漢白玉の欄干で囲まれ、雲形の彫りの柱が斉列しているところは見事である。
大殿の建築パターンは中国の最高ランクである重檐廡殿頂です。皇居宮殿だけがこの仕様に値しますと言って大殿高さ23.3米、正面九間、奥行き五間。古人は「九五、飛龍は空にある」と信じており、九五の尊さは皇帝の為にのみ使用することができると信じ、従って大殿の地位がどれほど高いかを見るのは難しくありません。大殿前の大露台には、明代の鉄製の香炉があり、その両側には宋代のバケツがあり、別名は「門海」です。玄関前には海の意味です。古来、宮殿の建物で最も恐れられたのは火であり、火事で宮殿が焼失した例は数知れず、人々は水の性質を利用して火を克服して、この鉄のバケツを霊的な精神消防隊として使用しました。


主殿の殿内の壁三面に描かれた高さ3.3米、長さ62米の大きな壁画「泰山神啓蹕回鑾図」と言い、泰山の神様が出巡、回鑾する際盛んな様子を描いたもので、絵の中で四輪六馬玉輅に乗ったのは泰山神で、その前には本物の延禧真人と炳霊王が護衛し、文武百官は前後に呼び寄せ、護衛隊は洋洋に見えた。画面には車馬の盛んな往来、点在する樹木などに千姿万態の人物697人を配した大作である。壁画の東面は境界線で、つまり、向かって右側が出巡、西面、同じ左側が回鑾の様子を描いている。宋代の遺作と伝えられている。実は、この絵は北宋時代に描かれたとされていて、部分的に清朝の手(修復)が入っているようです。絵の下部分の人物と宮殿と石橋の部分は当初(北宋時代)だと言っているようです。このような当初の部分は中国古典的絵画技法(三遠技法)見下ろす視点俯瞰「深遠」、見上げる視点抑視「高遠」、水平の視点平視点「平遠」言えますが。(三遠の法のように一枚の絵の中に複数の視点から見た風景を入れ込むことが普通です。)絵の上の方の背景の山や森の木々の一部は異なっていて西洋の遠近表現が少し盛り込まれているようです。焦点が散らばっているような空間表現で描かれているらしいです。なぜなら、西洋の絵画技法は明朝末期から清朝初に中国に入って来たからです。その時代の修復者の描写に置き換えられている可能性があるからです。それで下の主題の人物周辺と、上の方の背景は異なる様式で描かれていると言っているようです。しかし、それでも、専門家はそれが少なくとも「宋王朝の壁画の原型」と保存し、まだ「偉大な洗練された作品」であると信じています。

この壁画は道教の主題であるが、泰山神のイメージは実際には封建皇帝の化身であり、人間社会の実生活の再現である。この絵は皇帝の傲慢さを生き生きと描写している一方で、文官であれ武官であれ、他の役人は殆ど同じように独自の表情を持っており、多くのキャラクターは、小さな回転と視線で互いに響き合って、作品の全体的な感覚を強化し、画家がキャラクターの造型に並外れた把握能力を持っていることがわかります。


「泰山神啓蹕回鑾図」が道教壁画として貴重な素晴らしいものです。長さ62米、高さ3.3米の巨大な壁画が描かれ、泰山の神が巡視に出かける様子が描かれています。宋代の作品で真宗の封禅の様子がモチーフになっていると言われています。当時の封禅の様子をうかがい知ることができます。かなり細かく描かれているので。