山東省藍鯨野球・ソフトボール倶楽部国際交流センター

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ようこそ、孔子のふるさとへ。
悠久の歴史を尋ねて旅立てば、孔子のふるさと中国山東省はすぐ近くです。ここは中国文明揺籃の大地。山東省エリアには中国伝統文化を形成し、子々孫々に伝えられ、多くの古代聖人がここで生まれました.「至聖孔子」、「亜聖孟子」、「兵聖孫子」、「書聖王羲之」、「智聖諸葛孔明」······3000年前の周代、このあたりには多数の国家がありました、斉国、魯国は殊に有名で、今も山東省のことを斉魯大地と呼びます。
朋あり遠方より来る、また楽しいからずやと孔子が語ったように山東省は「孔孟の故郷、礼儀の邦」として、歴史資源に豊み、多彩な伝統習慣を継承し、「周礼」から「論語」まで数多くの儒教聖典を生んできました。古代から現代まで、明るい山東人は忠実·仁義尊守、こつこつと「フレンドリー山東」を実践しております。
百聞は一見にしかず、ようこそ山東へ、いらっしゃい!
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CHEFOOの由来を知っているか

一、「煙台」という言葉の歴史変遷。

煙台の名称の来歴について、先人には多くの探求がある。現在人々に普遍的に受け止められている見解は、「煙台」の言葉は「狼煙の土台」に直接由来し、そして「狼煙の土台」は奇山守御千戸所の設立に由来する。


明政府は軍事上で衛所の制度を実行した。洪武31(1398)年に、明政府が「奇山守御千戸所」を設置して軍隊を駐屯し防備を設置し、その後守備軍は海辺に「熨斗(のし)」と呼ばれる小丘上に狼煙土台を設けて、通信に用いた。次第に、当地の民衆は便利で、直感的、「狼煙墩台(狼煙土台)」を「煙台」と簡潔に称し、小丘を「煙台山」と称した。「煙台」はもともと民間通俗の呼称であったかが後に政府方に受け入れられた、認可された


煙台墩

1673年(清康熙十二年)に羅薄は『福山県志』を編集し、その巻一「輿地図」中に海沿いの烽火台、全15坐を標示し、西より東に向かって14基を墩(土台)と標柱し、最も東の一座に煙台と注記したが、これが現存する歴史地図中で煙台に関するもっともっと早い文字記録の資料である。


古代墩の構造

1762年(清乾隆二十七年)に何楽善は『福山県志』を再編し、その中で「船型に似た巨石(“造化奇観=奇景を為す“刻石)が、煙台上に有る。」と記すので、これより「煙台」の言葉はようやく人々に認められた。1862年1月、総理衙門(清末外交官庁)の奕沂、桂良などの人が清の宮廷に奉上した『登莱青道守折』中にも「煙台」の言葉が使用されたが、ここで「煙台」の名が政府方の文献に最も早く出現した。ここで、「煙台」は商業港を示して、「狼煙の土台」ではないです。

1861年に煙台が開港されると、イギリス人が最初に煙台山上に土地を買って領事館を建立した。1862年2月14日に、清政府もまた登莱青兵道(役所)を莱州から煙台へ移転した。その後、フランス、アメリカ、ノルウェー、スウェーデン、ドイツ、日本などの国が煙台山に領事館を設置し、煙台山の下には外国企業、銀行、郵便局、教会、病院、学校、ホテル、クラブなどが設立され、ここは次第に領事館や外国人の集中する居留地となった。

しかし、煙台が開港が開港してからかなりの期間、正式な行政機関名ではなく、広く受け入れられている通称です。当時、ここは登州府福山県に所属していました。1908年、福山県は保社を廃止し、全県を20の区に区画し、この内現在の芝罘区の範囲内には5区を設置し、芝罘区、芝水区、煙台区、蓁山区と黄務区に分けたが、この時になって「煙台」を一級行政区組織としてやっと簿冊(ぼさつ)に列した。1934年、ここは山東省直轄の「煙台特別行政区」となった。

1908年に芝罘交流聯合会の刊行する『芝罘』が刊行された。

ニ、煙台、芝罘と「Chefoo」

近代以来、西洋の諸国では煙台について言及する際に「Chefoo」という言葉が使われるようになった。世界的に権威のある『ブリタニカ百科事典』も煙台を「CHEFOO」と呼んでいる。

「CHEFOO」は「芝罘」の英語の音訳であり、「芝罘」の名称は煙台の北方にある芝罘島に由来する。


秦代から清代にかけて芝罘島は「之罘」と呼ばれ、後に「芝罘」と改められた。但し1861年の煙台開港以前は、「芝罘」は芝罘島を指し、「煙台」は狼煙墩台(後には狼煙土台の周辺地区を指した)を指しており、両者には明確な意味の区別があった。煙台開港後、西洋では航海・通商の便宜のために芝罘島を地理的表示とし、開港場を指して芝罘島という名前を用いるようになった。それ以来、中国人のいう「煙台」と外国人のいう「CHEFOO」は、同じ場所、つまり開港場を指すようになった。

数年前、馬泉照先生は『煙台には“CHEFOO ”の名がある』論文中に嘗て、「CHEFOO は“芝罘”の音義単語である」と言うが、これは正しい。しかし彼は外国人が「煙台に英語名“CHEFOO ”を付けた」と考えているが、この見解はあまり正しくはない、陳江令先生は『また“CHEFOO ”と煙台について語る』文中には「煙台を“CHEFOO “と呼ぶのは外国人が付けた名ではないです」「中国語(”芝罘“)の音訳を英語の”chefoo “根拠とする」など、その基本的理解は正しいが、また明確な地域を説明していない。実際、「chefoo 」という言葉は、イギリス人ウェードと彼が発明した音声法(ローマ字表記法)によって言及されなければなりません。


三、威妥瑪(ウェード)とウェード氏拼音

威妥瑪(トーマス・フランシス・ウェード、1818ー1895)はイギリスの外交官であり、著名な中国研究家である。1842年にイギリス軍に付き従い中国に到着、その後43年の長きに亘り在留した。1869年から1882年までは駐中国イギリス全権公使を務めた。1876年にはマーガリー事件を利用して清政府に中英煙台条約(芝罘条約)の締結を強要し、中国国内でのイギリスの特権を拡大させた。


ウェード

17世紀初頭、イエスズ会士利瑪竇(マテオ・リッチ)や金尼閣(ニコラ・トリゴー)らは、中国語の名称を音訳したという西洋人の需要を満たすために、ラテン文字を漢字の注音符号にしようと試みた。アヘン戦争後に中国に来たプロテスタント宣教師の馬礼遜(ロバート・モリソン)や麦都思(ウォルター・ヘンリー・メドハースト)達も26個のアルファベットを漢字の注音符号に採用し、これが後に生み出されたローマ字表記法である「ウェード式」の基礎となったのである。

第二次アヘン戦争以後、中外の交流が日増しに頻繁となるに従って、中国の人名、地名の洋訳問題は、ウェードは参考にして、先人が経験した基礎を継承して、中国語の特徴を根拠に、比較的成熟したローマ字母を基礎とする中国語の表音方法を創造、つまりローマ字母で中国語の発音を標示したが、この手の方法はウェード式表記(Wade System)と呼ばれた。後にイギリスの外交役人ハーバート・ジャイルズ(H.A.Giles)はウェード式表音系統をやや改良して、「ウェード・ジャイルズ式(Wade-Giles)」を形成して、WG ウェード式表音法(Wade-Giles System )と称した。この後、「ウェード式表音」は欧米で広範に郵政や電信、海外の図書館での中国語蔵書目録編成、外交パスポートの中国人名と地名の訳音などに運用され、中国の地名、人名及び事物の名称の外国語翻訳の訳音標準となった。

このように、近代以降、外国人は「ウェード式表音方法」に基づいて、ローマ字母を使用して中国語の発音を表記し、「芝罘」の綴り、標注は「Chefoo 」、「山東」の綴りは「Shan-tung 」、「済南」は「Tsinan 」である。

そのほかの地名で例えば香港(Hongkong)、澳門(Macau)、北京(Peking)、南京(Nanking)、広州(東、Canton)、厦門(Amoy)、奉天(=瀋陽、Mukden)、西安(Sian )等、また近現代の重要人物の人名で例えば孫中山(Sun Ya-sen)、蒋介石(

Chiang Kai-shel)等も、またこのようである。

1949年に新中国が成立後、中国は中国文字のローマ字表記化計画の探索を開始し、長期にわたって「ウェード式表音法」で中国の人名、地名を綴った方法を躍起になって改変しようとした。

1958年、第一回中国人民代表大会第五回会議で『現代漢語拼音方案(中国語ローマ字表記計画)』を正式に批准し、その後中国人は人名、地名を英文に翻訳する時には、中国語拼音(ビンイン)を使用して書いた。しかし西洋諸国では、ウェード式表音法を現在も沿用している。

外国人の著作が中国の人名、地名に言及する時、大多数は(現在)使われている中国語拼音ではなく、嘗て採用して長期に使用したウェード式表音を依然採用している。実際、『現代漢語拼音方案』もまたラテン文字の中国語注音を採用し、この点では「ウェード式表音」と一致している。今日では、ウェード式表音は中国大陸では広範には使用されていないが、しかしながら北京大学(Peking University)、清華大学(Tsinghua University)、中山大学(Sun Yat-sen University)、蘇州大学(Soochow University)等の歴史悠久の有名大学では依然ウェード式表音の英文校名を使用しており、多くの近代以来国内外でよく知られているブランド商標、例えば煙台張裕ワイン(Changyu)、貴州茅台(Moutai)、青島ビール(Tsingtao)ハルビンビール(Harbin)など、商標の改変による不便を避けるために、旧のままウェード式表音を引き続き使用している。


張裕ワインのウェード式表音ブランド

著者   煙台芝罘歴史文化研究会 

     劉金鳳 王海鵬